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2006年12月25日

ブンッカッブンッカ。

作業が片付かず、「年末いつまでやるの?」と聞かれても、
「全てのキリがつき次第閉めて、餅に飽きたら開ける」という、
ファジーな回答しか出来ない事に、焦燥感右肩上がり。 
  
深夜、面白かった事を思い出しながら、薄暗い店で作業を続ける。
まるで内職。まぁ案外嫌じゃ無いんだけんどね。 
 
 
 
年末、もう仕事も納めた気の早い人も居るね。
「自由が欲しいと願ったが、いざとなると時間が有っても持て余すんよ。」
アイシーアイシー、そんなもんかもしれんさな。 
  
よし!銀輪がやる事決めちゃる!
明日は大阪万博記念公園内に在る「民族博物館」、略してミンパクに行くが吉。
 
 
 
入り口の特別展示では、来年の干支である「猪」をフューチャーして、
世界の人と猪(豚含む)についての展示を開催中。
この展示を見るのは無料なれど、かなり愉快ぞ。
例えば、
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豚をチョップする人形。Fromポルトガル。
 
豚の解体という、現代日本ではショックな光景を、
ポップな配色で楽しい人形に。
そうさ、免疫が無いから反応してしまうが、どうせ喰うからには、
解体ってのは食の恵みで喜びだからな、明るい色が当然と言えば当然。 
 
来年、1年かけてポルトガルを目指して踏んで行く予定のIQO君よ、
自転車の段取りも準備だが、このノリを体得するのも準備の一つだ。
取り敢えず北山で猪捕まえて、掻っ捌いて振舞ってくれよ。 
 
 
 
その時には便利なコイツを。
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何か分かるかい?
名前がふるってんだよね、「豚殺し用棍棒」。って直球剛速球。
儀礼を匂わせる、危なめな造形が堪らなく異文化だ。
因みにFrom沈み行く島バヌアツ。 
  
 
 
これらの様に、展示物である一つのモノを通して見る事で、
見方を形成する文化に、どういった質の差異があるか、
感覚的に掴む糸口にはなり得るはず。
 
例えば、この写真を見て何だと思うよ?
06.12.19 032.jpg
①怪我をした野生動物を保護する人。
②そりを引く人生の共としての動物の世話をする人。
③動物園で飼育される動物と人。
 
そんなモンくないか?
因みに全部大不正解。
正解は・・・「毛皮を飼育する国営毛皮農場inソ連」 
 
 
 
理解は出来る、けどショックは有る。
この知らぬ内に刷り込まれ体得してしまった常識の壁、
これが文化という美辞麗句の正体だ。
  
今年も終わりです。
一年の総決算として、色々な文化の存在を、
一気にコンパクトに確認出来るミンパク、暇なら是非行って、
入り口だけでなく、是非¥420払って中も見て下さい。
 
注意点は2点。
1、駐車場代が高いから自転車で行くべし。京都からなら良い距離だ。 
2、時間には余裕を持って。
半日では足りんし、丸一日あっても満足行かん位よ。
 
お勧めは、
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シャケの皮で出来た外套!まさに予想外套! 
こんなん見てると、自分の思う「可能性」って言葉は、
可能性でも何でも無くて、吉牛のメニューみたいなモンなんだって、
嬉しくなっちまって、次に来る年が何だか明るく輝いて見えるんだってばよ。

2006年12月23日

ゆで卵の黄身だけ喰うのは変である。

京都の年末。
排水する風呂の底の様に、メッカに巡礼するムスリムの様に、
渦を巻く人々は擦れ違い、摩擦で発火する危険を孕む。
 
その中、交通規制をしてマラソン大会を開く。
冷静に考えれば正気の沙汰とは思えんな。
どうせなら規制なんかせず、飽和状態の錦市場を抜ける、
そんなサバイバル能力を問われるレースなら、今しか無い!んだがね。 
 
 
 
こんな混乱期の京都へ、横並びの休みを使って観光に来る皆様へ。
 
京都は観光の街であります。
が、地元民である我々にとっては、あまり魅了的とも言えない面も有ります。
それは・・・風情、でしょうか。
 
イチャモン付けて、我侭言っている様にも取れますが、
実際にね、何か違うんじゃないかい、と思う事は多々有ってですね、
具体的に言うと・・・京都らしい良さって、
もうちょっと人が少ない状況で楽しむモンと違いますかいな? 
  
それをよ、こんな芋の煮っ転がしみたいな状況でノイズ塗れで見てもね、
新しい解釈になっちまいますよ。  
 
 
 
で、そんな人が少なくて、綺麗で見応え有る場所って?
例えばこの様な所は如何ですかな。
 
まず、門の向うに伸びる、急な角度の石段。
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上までは然程の距離も有りませんが、
上から石段を見下ろすと、上部は銀杏の葉の黄色、次に紅葉の赤、
そしてどんぐりの茶色、最後が苔と石段の混じった緑、と、
上から順にグラデーションになっている様なんてのは、良いもんです。
 
 
上がりきると、大き過ぎない立派なお堂が在り、
広過ぎない境内が山の斜面に広がっています。 
お堂の横には、
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目に入る順を競い合う極彩色。
 
 
 
そこから横に目を遣ると、
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此方が正しい入り口、正門ですね。
山に張り付く土地ゆえ、非常に立体的で、
木々が上から上から覆い被り、複雑さを醸す。
 
 
 
さらに足を下に向けると、
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大きな銀杏の木の下に・・・門。
門の役目はもう終えて、今は何を思うやら。
意味が無いからトマソンだ、とは言えんですね。 
 
 
 
コレを見ている間、1時間位でしょうか。誰にも会いませんでした。
コレは・・・贅沢と呼べると思うがね?大徳寺で何人も並んで茶飲むより。 
 
こんな贅沢できるのは!大山崎のお陰です!
そう、此処は天王山の麓。
 
サントリー山崎の工場を見学し、試飲に下を丸め、
大山崎美術館で異世界を感じ、
時間の空白の様な大山崎の住宅地を宛てなく歩き、
そしてこんな寺を巡る。
 
どうだい、良い休みが一日過ごせそうじゃないか?
大山崎は京都から自転車でコロコロ行くには良い距離だし、
道中長岡京の山手を通れば、野菜の無人販売も沢山有るから、
晩飯を考えながら走れるぞ。
 
 
 
京都というラベルが付いてなくても、京都の廻りに良い所は腐るほど有ります。
腐ってしまう前に、是非探しに行って下さい。
 
ナニで?勿論!自転車じゃろ。

2006年12月21日

冬至山日記。(後)

廃村進入を諦め、来た道を麓まで。
 
濡れていても乾いていても、ダートの下りは楽しいモノで、
ホイールは回り、そして泥は天に向かい高く舞い上がり、 
そして自分の体にもその痕が一本の線として浮かび上がる。 
 
 
 
しかし汚ねぇ。
MTBの半分は汚れで出来ている、ってTVCMもあった様に思うが、
それでもジャリジャリよ。自転車も眼鏡もヒップバッグも手も足も。
それが本来の姿であったとしても、汚れを落として気持ちよく乗れるなら、
勿論そこはその方が良いと思うので、そこの川でちょっと行水。 
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しかし、此処等の川は綺麗だな。
水の透明度が高い、とか、ゴミが無い、とか言う事では無しに、
「綺麗」と思わせる要素が沢山絡み合って、この雰囲気を成立させている。
 
「そんな所で自転車洗うなバカヤロウ!」等と言わない。
大丈夫大乗仏。こんな自転車の落とす汚れ如き、
この偉大な流れの中では、塵以下だろうよ。
ありがたく流して頂こうではないか。
 
 
 
綺麗になった愛車と服を乾かす間、滝壺を見て楽しむ。
世界の本来の姿を表現したと言われる「古池や蛙飛び込む水の音」。
そんな芭蕉なんかも脳裏を通過して行きながら。
 
滝壺に落ちていく一粒の銀色に光る水玉を目で追うも、
追い切る間もなく壷に消え、また次を追うもやはり。
然し、そこに水泡は在り、あやふやだった水玉の存在を追想させ、
また消えて行く。
この一つ一つを追い認知する事が可能かどうか?大した問題ではない。
でも、そこから世の「存在」というシステムに思いを馳せる事は出来る。
 
まぁたまにはスケールでっかく行こうぜとばかり、神と自分との差は、
自分と水泡との差に置き換える事なんて出来る訳も無いので、
その比較は単位不明、故に出来ないと言う事は、
ザックリ言ってしまえば、限り無く同じモノでありながら違うモノである。 
この1/fの差を強く思う民族性が、八百万の神々という、
いい加減な概念を産む源泉になったのかもねぇ、
と、己のDNAに親しみを込めながらおちょくっているウチに。
 
 
日の力で水は蒸気へと姿を変えて行く。 
  
  
 
乾いて埃の浮いた自転車に跨り、国道に出て鞍馬に向かう。 
国道っても、車とすれ違うのは5分に一回位か。
ノンビリしたモンです。 
 
道沿いに結構沢山の家々が立ち並び、それなりの人口が暮らしている。
皆、どんな生活をしているのだろう?一日体験とかしたくなるな。
こういう日向が似合う土地と、アスファルトでは無いからこそ、
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キューベルワーゲンがシックリ来る。
ナンバーが付いていないのが非常に残念。
いやいや!此処ならナンバー無しでちょっとそこの山まで、なんて有るかも。
 
しかし田舎にワーゲンは良く似合う。
この様な場所に住める日が来るとするなら、
シュビムワーゲンなんかに乗りたいなぁ、と勝手な妄想がモクモクと。
 
勝手に思考が回転し出すのは何故だろう?
勝手な意見を言わせて貰うなら、これも一つの「Cycledelic」。 
走れば走るほど、ホイールが回れば回るほど、
ドンドン世界の中へ中へと入って行き、
また言い換えると、花が咲くように外へ外へと意識が膨張する。 
   
 
 
北山は良い。この様な土地が近くにある幸福。
然しながら、その入り口で有る京見峠や、鞍馬峠、大原、高雄は、
あまり好んで走りに行こうとは思わない。
 
言うなればそこ等はイントロであり、
映画で言う所の予告編みたいなモノであるからだ。
  
そんな映画の様にドラマティックで、映画よりもダイレクトな体験も、
時間の壁と体力の壁には抗えず、やがて終わる時間を迎える。
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空は青くとも、山の家も雪と闇に沈みつつある。
 
 
 
この芹尾峠を越えれば、向うは貴船。
腿とふくらはぎをパンパンにしながら、
押してなるものか、この坂如き!と、寒さと熱さと乳酸とに震えながら、 
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見えた!さぁ、向うは娑婆だ!
 
冬至の短い日だったけれど永い一日だった。
家へ帰ろう。そしてまた走りに来よう。 
 
 
  
この瞬間、脳内には性行為と同じ質の快感が満ち、
それに引きづられ、幸福感が滲み湧いて来る、とも思うのです。

2006年12月20日

冬至山日記。(前)

あぁ、言うてる内に冬至ですな。
日の短いこと短いこと。
せっかくの休みもこれでは行ける距離が半減ですわ。
 
  
 
先週はオラが街にも雪も降った。
山いずくんぞなお降り積もらん。
 
 
 
手始めというか、何気なく北の山へ向かい、
途中「そうだ、廃村のご機嫌を伺いに行こう」と、思い立つ。
雪といえば此処!という廃村八丁を、いざ目指さん。
 
廃村。妙なるこの響き。
この村落痕と言うのが正しくもなってきた廃村八丁は明治に成立し、
昭和9年の大豪雪で陸の孤島と化したこの地に見切りをつけ始め、
昭和11年に最後の一戸が離村した事で廃村となった。 
 
さらに・・・村落成立以前は、この木材資源豊富な土地をめぐって、
近隣二村が約600年にも亘って揉めていたらしい。
永い!600年は永過ぎる。
自分の地元で600年前から続いている事なんて思い浮かばんですわ。
しかもその揉めっぷりは結構ハードだったとも言われて居り、
今では窺い知る事の出来ない、当時の生活っぷりが気になります。 
 
 
 
卒塔婆峠からアプローチすべく、京北町役場から川の上流に向かい、
井田の辻を山手にとり、小塩民宿の前を過ぎると、
そこからはフラットダートが続く。
まぁ予想はしていたが、
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水が掃けない時期になりました。
マッドでは無いが、ウェットではある。
いや今はメッシーと言おうでは無いか。その方が何か明るいしな。
 
 
 
ケツが濡れる事も気にせず、フラットなダートを気持ちよく登って行く。
やがて、卒塔婆峠の入り口に辿り着き、
さぁチョイと登るか、と意気込んでいた所、
山から一人のオッサンが降りて来た。
曰く、昨日から山小屋で夜を明かし降りて来た、との事。
あすこの山小屋は雪で潰れたなぁ、等の北山ネタや、
おっさんの抱える借金の辛さ、時事ネタ等で1時間程話し込む。
 
オッサンが娑婆に戻る後姿を見送り、さて登るか、と空を見ると、
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び、微妙。昼の強い光では・・・無いなぁ。
これぞ冬至パワー。爆発やね。 
  
 
 
行けるかな?と思った時は行かない時。
山に入るには余裕を持って、という事が理解できる位には大人ですので、
入山は諦め、雪ダルマの代わりに雪MTBを作るも、
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クランク周りやシートが上手く行かず、家畜にしか見えん。

 
 
日、未だ高けれど、深々と背骨に滲み込む山の冷気。
捏ねた雪の姿に、また入山出来ぬ無念に、
身体だけでなく心も冷やされ、ただただ座り込むのです。

2006年12月17日

無は零ではなく。

って無い!


 
今朝も快調、早起きは三文の得とばかり、
体内時計の命ずるままにムクリと起きて、
やる事やった後、早めに店に向かった。
 
やる事が溜まってしまい、閉店後薄暗い中で作業をする日々。
早めに行ってこなすっての良いじゃない、と正常思考、健常志向。 
 
道中、辻に出る度右へ左へLike a チクタクバンバン。
直線距離の4倍程も掛けてテリトリーを点検。異常は無いかーっ!
 
 
 
下腹部のヒヨっと縮まる感覚が病みつきで、意味無く段差を飛び降りる。
ヒヨっ、ヒヨっ、ヒヨーっ。
 
ああ愉快、ああ愉快。と楽しみ、そして!
ブレーキレバーを握ると!
プラリ、自由の身になっている。
 
 
 
その事象は思考を介する事無く、神経を通じ、直接脳に流れ込んで来た。
ネジが抜けた。そして落ちた。と。
このレバーは朋友OYJの誕生日に、何故か逆プレゼントをねだり、
くれくれタコラの結果、愛と共に頂いた、
至って単純な仕組みのオールドスクールレバー。
ネジロックで止まっているだけの構造ゆえ、たま~に緩んで来る。
その日がたまたま今日であった、そういう事。
  
 
ネジが落ちた反面、自分は落ちている暇など無く、寧ろネジが無い事に焦り、
そして脳内回転急上昇。
 
何処からブレーキ握って無いだろう・・・最後に握ったのは・・・。 
あそこの角を曲がる前には握ったはずだから、そこから此処までの間、か。
考えていても仕方ないので、道を戻りつつ、目を皿の様にして探す。
 
相手は小さなネジ一個。 
道は広く、そして長い。
ひき逃げを操作する鑑識の様に、スケボーに乗って区画毎に探している時間など無い。
一点を見る事無く、視界全てに神経を向け、
そこに金属らしき小異物が映っていないか、ゆっくりゆっくり、 
人が見れば、良い感じになった人に見えるであろう眼つきで歩く。
 
あ。
一円・・・。
 
あ。
ナンバー止めるボルト・・・。
 
あ。
石。
 
 
無理か?短時間で探せるモンでも無いのかも。
帰りの時間では日も暮れ放題暮れているし、探すのは明日か。
明日になれば、もう見つからない。なんと無くそんな気もする。
それでは遺憾。
こんな風なレバーとの分かれは無いぜ。戻って来いよ~!
 
で、探す道程も大半を過ぎ、最後に握ったと思われる辻が近付き、
落ちる可能性が一番高いのは此処のはず!と、
本気を自分に知らしめるべく、帽子を前後逆に被り直しオーバーザトップ。
 
ピカリと光った目にシンクロしたのかどうなのか、
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ピカリと光る、アレは・・・ヤマピカリャー?
違う!我が軽合製削り出しボルトではないか!
  
 
 
この光を視認した瞬間、脳内は祭であった。
 
一切の執着を捨てよ、という仏の教えが、
二酸化炭素と同じ位の濃度の国に生まれ育ちながら、
執着に塗れるこの体たらく。
 
あぁ、そうだ、、、こういうギャップによる快感をこういうんじゃなかったっけ。
中毒、と。

2006年12月14日

チャンスに後ろ髪は無いと言うが待てばまた生えても来るとも思う

雨が止みましたな。
 
晴れ間が覗く事の有り難味が染み入るのは、
気温が下がり、皮膚表面が荒れているからか。 
 
フと気付けば十二月。
次の雨雲が来て、そして去る頃には気温もグッと冬らしくなり、
やがて雪としての登場となるやも。
 
 
 
はぁ、良かった・・・と胸を撫で下ろす。
 
何がか?と言うと、雪が積ると見に行けなくなる、例のアレを先週見てきたから。
で、例のアレは?
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天に雲吐くモスラ。  
 
 
いや、モスラはどうでもよろしくてですね、
兵庫県養父町に在る、県下最大の滝、
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天滝で御座います。
こんな画像では分かり得ないと思いますが、落差9?m、略して100m、
京都タワーの上から川が流れて来ると思って頂いて間違い無いです。
 
見つめながら「・・・丸太とか流れてこおへんかな・・・」と、
ドンキーコング的展開を期待してしまう程立派な滝であります。 
 
 
展望台の横には、 
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「なのだ!」と男らしく言い切ったかと思いきや、
「しましょうね」と、優しげに。
飴と鞭か?
いや、アレか、ツンデレか。 
 
  
 
この天滝に至るには、渓流沿いの道を山に向かい入って行くのですが、
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この散歩に適した道が、一度雪が降ると、
土地柄、春まで解ける事無く、結構な時間閉ざされる為、
「そうだ、天滝に行こう。」と思い立った時には大抵果せない、
と、いうジレンマも今日まで。成しましたぞ。
 
 
 
兵庫の山の中は勿論、オラが街京都も北の山は一度雪が降ると、
中々解けず路肩に鎮座し、路面を常に濡らし続け、
ましてやダートは雪に塗れ、非常に漕ぎ難く、そして寒く、
バンバン踏んで行く事を躊躇わす状況となります。
 
さぁさ、寒いとかグジャ言うとらんで、
明日の朝、窓を開けて晴れ間が覗いていたなら、
走れる内が華で御座います。走ってきなさいませよ。

混線回避エクスペリエンス。

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人間に生きがいを与えるほど大きな愛はない。
  
いや、良い言葉ですな、心に染みます。
アナタもでしょう?ええ、ええそうでしょう。
 
で。
この意味は、困った事に二つに取れる。
 
1、人様に、生きて行こうと思える力を与えるって事こそが、
  何よりも大きな愛なんだ。 
2、いや~、何だかんだ言っても、所詮愛如きでは、
  人に生きがいを与えるまでは至りません。
  だから生きがいなんてのは他に求めず、自己の中で自給して下さいね。
 
さぁどっち!
分からんわな。
書いた人に聞けば真意も分かろうが、誰が書いたかも知らんし、
知りたくも無いし、会って確かめるほど酔狂でもない。 
  
 
人の意見とは、所詮その程度だわな。 
伝えたいのなら、自分が如何よりも、
人は如何受け取るか、それに思いを廻らせずして。
 
だから、純粋に伝えるってのは、
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コレが正しい。
半鐘連打=何は無くともこの辺が火事だ、
って事は誰にも伝わる。  
 
しかし、感覚的な事を伝えるとなると、コレは最早最早・・・。
知りたくなければ別に伝える必要も無いんだけんど、
知りたい人に伝えたい、けど伝わらない、って子供のジレンマ。
しかし、我々大人です。大人ならこんな時如何するか? 
共有する、それが一番だ。 
 
 
 
え~、前置きが長くなりましたが、
銀輪さんで必要以上に採取出来ると言われるSurly。
Newカラーにシフトして行くのですが、
如何にも彼等のHPでは色が分かり難い。
特にクロスチェックのグレーとかな。
 
そんな訳で、サンプル車を取り寄せてみました。
件のクロスチェックの山霧灰色は、
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サドルはディズナのグレー、そして紙はただの白い紙。
どうだい、モニターの発色は其々だろうが、
少しは具体性も感じれるのでは? 
 
 
次。スチームローラーのマルーン。
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ブルックスと並べると、コレ位のトーン。
まぁマルーンなんてマルーンじゃん、とも思うのですが、
コイツの場合、4月に完成車が¥11万以下という、
恐ろしく安い価格でリリースされる予定で、
困った事にパーツが相当良い物ついての福袋的価格の為、
現物見てから買う、って事がかなり難しくなりそう、
つまり予約で完売してしまいそう、という現状が有るのですね。 
 
でも見ずに予約できるか、というと難しい所で、
しかも来るのは4月後だしな、その頃まで情報も無く待つってのはシンドイはず。
だからこの色だけでも、その間の心の甘露となれば幸いですよ。 

 
 
取り敢えず、上記二台は用意しました。
取り敢えず年明けまで、一ヶ月位は店に置いときます。
色が見たい人、パーツの仕様を確認したい人は見に来て、
己で確かめて下さい。
 
勿論乗りたい人は乗って下さい。
ただし・・・クロス560、スチームに到っては驚愕の590!ですので、
普通の人は乗れません。
が、身長185cm以上の人にとっては有る意味稀有な機会でしょうから、
どんな自転車が乗れるのか不安を抱えるノッポさんは、
是非一度乗りに来てみなさいな。(出来ればマイペダル用意して!) 
  
 
 
伝える事も大事ですが、所詮経験には敵いませんわな。 

2006年12月09日

メデタヤ。

本日、ジョージアンこと京都MSGR風代表の結婚式がしめやかに。
で、その衝撃波を背に受け、店の戸を閉めた後、
二次会場である京都リバーオリエンタルへ。
 
リバーオリエンタル・・・京都の人間なら「あぁアレね。」と、
何となくは知っているリバーオリエンタル。
しかしながら、入った事は無いってのもまたリバーオリエンタル。 
   
 
 
開始時間に遅れる事1時間、ダッシュで向かった先に待ち受けていたモノは、
入りにくいオーラを放つエントランス。
 
しかし、自分の前に正装をしたお姉さんが居られ、一歩先にエントランスへ。
すると店員さんが中から出て来「イラッシャイマセ」と優しく。
 
 
 
ホゥ、なんだ優しいじゃん、ビビる事ないじゃん。
次は自分の番か、とソワソワ待ち受けていたにも拘らず。
お姉さんを店内にエスコートした後、
入り口のガラス窓から、突っ立って此方を見つめている・・・。
 
え?何でぃ?
俺が見えんか?それとも駄目かい?客として迎えたくないかい?
男の正装、ライダースだからか?ルイスのパチモンで有る事を見抜いたのか?
正装ついでに頭が天然海苔の如き七三だったからか?
自転車止めるカギ持って無かったから、店の向かいの高瀬川に沈めて、
天然の盗難防止装置を起動させたの見てたからか?
 
 
 
なんでぇなんでぇ!しゃらくせぇ!
と、拗ねながら会場に入ると・・・答がそこに。
皆様、キッチリ良い格好されてまして、私が間違って居りましたと、
謝罪する必要が有る程に、多勢に無勢、虚勢は去勢。   
 
 
  
始めて入るリバーオリエンタル。
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こんななってんだね、ほへぇ。
 
 
 
外を見つめると、
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あぁ、いつもアソコから此処見てるんやな、とウハウハ。 
アハハハ、嬉し嬉し、でも少しケツの据わりが悪くソワソワ。
よし、ビールと言う名の潤滑油を投入してスルスルのヌルヌルに。
 
 
 
酔いが回り、周りから幸せの波動を受け、自分も幸せに緩んでくると、
ゲームの商品で頂いた、
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亀の子タワシを見つめ「亀の子タワシは何で・・・酸っぱい匂いがするんやろう」と、
祝いの席と全く関係ない事に心砕きはじめる。
  
 
 
あぁ、良いネェ。
俺もいつかはこんな風に結婚とか出来るんかネェ。
ズバっと羨ましいわ!
 
 
 
社長&消防、結婚おめでとう。
グッと前に出たアンタはヤルね、ヤルヤル。

2006年12月08日

明日の雨の降るや降らぬや。

呑んで少し遅く帰る晩でも行けるな、温いな。
コレも明日降るだろう雨の加護に違いない。 
しかし、降ると・・・困るな。
  
自転車に乗る人間は、いや一部例外を除く大勢が、
雨の降る事を恐れ、避け得るなら是非とも、と思っている。
特に今日を含むコレからは、雨が氷雨とならぬとも限らんから一層。 
 
 
 
てな思案が思考の2%程度を占めながらの帰り道。
06.12.08 078.jpg
何処へ向かうか蝸牛。
その先には水場は無いぞ。
 
明日、彼の蝸牛のとって雨は待ち侘びるモノとなるだろう。 
雨に濡れねば干乾びる明日になるのだからな。
 
 
 
雨が降るとは、どういう事なのだろう? 
それは心地より晴れた日の大気よりも、0.0・・・?%水が多くなる。
生物は須く水から来た、なんてよく言われるのに、
その水を不快と感じるとは・・・。  
乾いた現状が永過ぎて、濡れる感覚を忘れたからなのか? 
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濡れる事の向うに生の喜びを見る蝸牛。
急いで濡れる事を拒否するよりも、まんじりと濡れるのを待つ事が、
もしかしたら退化でなく進化なのか・・・違うとも言い切れない。  
 
急ぐならダラけてみよう。
濡れたく無いなら濡れてみよう。   
 
 
 
明日の雨よ、降れよ降れよ。
乾いて萎んで罅割れた、腐りも出来ない身体を濡らせ。
そうさオイラは天邪鬼。

2006年12月04日

中継。

世も更け始める11時半。
 
玄関の戸を叩く幽かな音。
 
まさかと思い、戸を開けると、そこには中年の夫婦らしき番(ジャージお揃い)が。
 
曰く、Mという人を探している、この建物のはずだが知らぬか、と。
 
名前と言われてもこの世知辛い現代のボロ屋故、ピンと来ないが、
特徴を聴くに、どうやら階上の住人のことらしい。
 
夜分スンマセン、といい戸を閉める前に開いたその口から、
ブルーともピンクとも、はたまたアースカラーともつかぬショックウェーブ。
 
 
「実の娘なのですが、ズッと連絡が取れずに、やっと探し当てたので」と、
ホロホロオロロン。
 
 
ってオイ。
 
みのもんたか、もんたよしのりかの二択なら明らかに前者向き。 
 
 
で、その後、時に激しく時に切なげに言い争う声が木霊し始め、
耳に入るまま聞いていると、
今後の自分の人生にもバタフライ効果が出ないとも限らないので、
そんな未来に投げキッスしながら呑みに出る。
 
 
そんな日。 

カッチョブー。

店内ではHP一新ながら間違い指摘のメールに冷や汗かき、
自転車に乗っていると洟が垂れてしかた無い今日の銀輪。
 
この時期、気温はドンドン右肩下がりに寒くなって行き、
実際には10℃以上の気温にも拘らず、
寒さに慣れた2月の5℃よりも、体感的にはキツイかも。
 
 
 
で、そんな時期に早朝・夜更けと、
・初め震えながら。
・途中温度調整に尻が落ち着かず。
・やがて燃える脂肪の炎に炙られ、見ている人を寒くさせる様な格好で。
自転車に乗り続けるのは何故でしょう?  
 
それは・・・自転車に乗るのが気持ち良いから。
なんて当り障りの無い言葉は如何でも良くて、
少なくとも自分にとっては「カッコいいから」というのが最も多きを占める。
 
「自転車なんて何でも良いとか抜かしてけつかったクセに!」
はい、スイマセン、その通り。
何でも良いんですよ、実際。でも、実際には選べる自由が在る。
なら選ばない理由が無いってのが、ホントだな。 
 
 
 
そんなマイマシン。いつ見てもカッコいい。
煌々と照る月明かりに照らされ、
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カッコいいだろ? 
 
何?分からん?そうかそうか。
でもオラ分かるぜ、目を瞑っても。自分で組み立てたんだからな。
コレはコウだ。此処はコウでなくては。
この角度がコウで在るべきだから・・・って時間を越えて来たんさ、当然だろ。
傷一つとっても、始めの一発は「ウガァァァッ!」となったなぁ、とかもな。
 
コレを分かって貰う必要が有るか?無いな。
例えラインから出て来た工業部品を規格に遵い組み立てたといえど、
そこに共通認識が生まれるとは限らんし、もっと言うなら生まれ得んよ。
 
此処に在るのは、自分にとっての「カッコいい」。
自転車がカッコいい。乗り心地がカッコいい。乗ってる自分もカッコいい。
だからテンションも上がり、もっと乗っていたい。
そしてそこに、二つのゴム付き幸せ人生計画からのお知らせが、
ハンドルとサドルとペダルから伝わり、今此処で漕いでいる実感を享受する。
素晴らしいじゃないですか。
 


 
カッコをつけると言う事は非常に重要だ。
 
自分を大きく見せるのと、カッコを付けるのは全然別。
小さな子供が居て、その子に弟なりが出来た時。
小さな子供ながら「自分は兄だ」とカッコを付け、全うする。
 
カッコいいというのはつまり「出来るならコウなりたい・コウ在りたい」という、
指向であり、目標であり・・・何だ、まぁそう言う事だ。
それに向かって背伸びする、コレを駄目だと言う必要が何処に有ろうか。
もっと言い切るなら、カッコも付けれんってのは話にならんだろ。
 
その仮定で他を否定する事もあるかも知れん。が、それでも良い。
否定するという事はそれだけ自分の見ているモノが正しいと思うのだろうし、
そう思えてケツ拭けるなら、無責任に同意するよりもずっと生を全うしている。  
 
 
 
洟垂らしてみすぼらしくなる時期、カッコ良い皆で居ておくれよ。
 
 
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オマケの真魚チン。1/3才。
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右側頭部からホホを緩ませる良い匂いがします。
キミはカッコなんか付けんで良いから、綺麗なままの真魚チンで居てね。