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2007年09月24日

Nu栗ar。

スーシーネー!
涼しいねぇ、と言っておるのですよ。
 
 
 
麓はまだまだ湿気を通じて熱が肌に差し込むものの、
山の上は、動かなければ肌寒いくらいスーシーネー。
 
秋なんてまだまだだと思うけれど、 
「山、三日会わざれば刮目せよ」
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枯れて来ておるぞ。
  
  
 
昨日の午後、ドッパリと降った所為か、そこら中にキノコが生え、
赤、白、黄色、黒、茶色、キャラメルポップコーン風と、
色鮮やかで形状も色々、でも種類の違いは殆ど分かりませんな。
 
木にビッシリと、
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キノコ渋滞。 
 
秋だというのなら、キノコ狩りとかもしてみたいが、
それこそ「素人が手を出すと痛い目に会う」代表的なスポーツ。
新聞でもぶっ倒れた話がちょいちょい載りますモンよ。
 
 
 
あぁ、スーシクテ気持ち吉。踏んでも踏んでも肌が湿る程度。
しかし、横を見るとアゴの先からシャクレ汗を垂らしている人が。
どうしたの?ん?パンク修理して、ポンプシャコシャコしてるんやね。
そら発汗もしますわな。ブルワーカーみたい。 
 
パンクの理由も、ドンくさいからリム打ちしたのでもなく、
もしかすると、
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こんな青く鋭い、成長からドロップアウトしてしまった栗の実が、
そこかしこにゴロゴロしているからかもね。恐ろしいね。 
 


こんなんが道にゴロゴロしていると、自転車はパンクし、
ハイカーは休もうと座った瞬間飛び上がり、
犬は踵に刺さり散歩気分が萎えるなど、大変危険。
 
なので、排除すべく、隣の人間に投げつけようと目をやると、
自分と同じ姿勢で此方を見る人間がドッペルゲンガーの如く。
指先から伝わる研ぎ澄まされた先端感は、
それが肌に食い込む事の恐怖を、具体的に連想させる。  
 
動けない。いらん事が出来ない。
コレが「秋の抑止力」なんだね。

2007年09月23日

パミール編。

先日の九州行、座禅の如く只管同じ姿勢をとりつつ、
後に流れて行く青看板の地名を眺めながら考えた。
「日本は広い」
  
いわんや世界をや。
 
 
  
アジアを駆ける「メガネをかけた大陸弾道弾」ことイクヲくん、
ビザ集めに手間取り、キルギスに逗留中。
これを機会に、補給物資を送るべくFedexでパニアなど等発送。  
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世界をまたにかけるフェデラルエクスプレス、略してFedex。
小脇に抱えられる箱、\40,000オーバー也。
伝票を書く邪魔臭さ、プライスレス。 まだまだ世界には障壁あるね。
 
 
 
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キルギス南部の町、オシュは標高1000m。
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そこから2400mの峠、続いて3600mの峠を越えて、
タジキスタンとの国境は標高4300m。
   
 
 
世界の屋根、パミール。
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そこは、神々の領域かもしれません。
そのあまりに大きすぎる存在に、ぼくは、おのずと神を意識しました。
平均標高4000m。
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生き物を拒む大地。
風景はあまりに無機質でした。
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存在するのは、大地と、空と、ぼく。
  


そんな東パミールとは異なり、西パミールは、
人が大地に生かされている所でした。
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灰色の不毛の大地を流れる川に沿って草木が生え、
それに寄り添って、人は暮らしていました。
彼らの生活は、生きるために不要なことを何も加えず、
また何も引かないものでした。
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人が生きている、その原風景を見たように思います。
  
 
 
そんなパミールから降り、タジキスタンの首都、ドゥシャンベに着きました。
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そこで次の国、ウズベキスタンのビザを取ろうと思ったのですが、
どうしても不可能なようでした。
そこでやむなくキルギスへ飛びました。
世界最強といわれる日本のパスポートでも、
中央アジアの国々ではビザが必要です。
ただ唯一、不必要なのがキルギス。
ということで、1ヶ月半前に到着したキルギスに逆戻りです。
 
  
 
今はキルギスの首都、ビシュケクでビザ集め中。
もう少ししたら、再出発です。
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いや~、凄まじい空ですな。
写真で見てもこんななのに、実際に目のあたりにしたならば・・・。
  
まだまだ暑いモノの、京都の空は秋晴れです。
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この空もパミールの空と同じなんやねぇ。
次の休みは空ばかり見て走りに行こう。 

2007年09月21日

休業の足跡。

展示会シーズンも佳境を迎えまして、
独りでやっております銀輪は、臨時休業や臨時の営業時間変更もあり、
そうとは知らずに来て空振りして頂いた被害者も数名居られる様です。
 
勝手ながらHPトップの下の方に、営業日カレンダーを増設致しましたので、
またチェックしてやって下さい。
 
 
 
そんな展示会、ビックリ新製品が有る事も有れば、
こちらも空振り、ハハハハ、来ただけ無駄やんけ、
と、空虚な笑いで終わる事も有り。
 
人混みの電車は金払って乗るもんじゃないし、
自転車で回るには大阪全域は楽しくないし、
車は無いしで、結果エンジン付き二輪で行く訳です。
グルルルル~。
  
ただ、展示会は大阪有る事が多いのですが、京都に産まれて30年の自分は、
大阪と言う街を未だ全くと言って良い程理解しておらず、
方角を見失い、道に迷い、渋滞に揉まれ、コレはこれで自由にならん。
逃げ場がねぇぜ。
 
ミシュランのビバちゃんも、
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「何処に隠れやがった!」
「ブッ叩く!」
と、穏やかじゃぁない様子であるのも、何かの因果関係か。
 
 
 
ゴムは引けば伸び、反動で弾ける様に、人の心も。
きっとそういう事だったのだろう、展示会で臨時休業だった翌日の休業日。
何故か。
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関門海峡に居た。
  
 
 
九州は遠い。当たり前だが遠い。
町に見えるモノ、全てが自分の普段慣れた中にあるモノと少し違う。
港の堤防、商店の窓枠、アーケードのアール、人の表情。 
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ラブホテルも勿論違う。
バンビ、隣の民家と近過ぎ。 
 
 
 
最高だ、距離は裏切らない。
どんな人でも、貴賎を問わず、移動には大きな力が必要で、
その壁は必ず崩す事は出来ない。
 
だから、おなじモノを作っていても、
其処の人が使う、其処の人の為の「モノ」になり、
それは同じ様でやはり少し違い、その見えず感じる違和感が、
大きな余裕となって、自分を包んで居てくれている事を実感。 
 
 
 
モノは良く感じるモノも、悪く感じるモノも有るが、
良いモノや悪いモノが有る訳では無い。
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所詮消え行く「モノ」なのだから、より高みを目指すより、
より「自分は何を善しとするのか」を考察する事が、
幸せな結果への近道である、なんて事は今更言うまでもないんやが。
 
 
 
九州から山陽を抜け、中国、関西へと、
ハンドルにしがみ付き高速道路をひた走る事八時間。
変わらぬ景色と、風を切る轟音ノイズと、腹下で鞭を待つ振動元と。
 
楽しくなんか何もない。
けど、そう、全て楽しい必要なんかねぇよね。 
味ってのは、苦味、辛味、えぐ味、そんなんも含めての味。
 
 
 
帰り着き、白蝋病みたくなった喉にしみるビールの味。
まだまだ続く展示会で、苦みばしった運命と出合えれば、なぁ。

2007年09月16日

そんな事も有りいの。

例えば周りに居た誰かが、
自転車と自動車の事故で亡くなったとしよう。
 
自転車は危ないと攻めるか?
車は危ないと攻めるか?
悲しみ、惜しむか?
 
そうせざるを得ん心境に落ち込むなら別として、
そうなるべきかと言えば、違うだろうね。
 
 
 
 
もしも、その存在消えたのが自分なら、
後悔するか惜しいと思うかもっと生きていたいと思うか?
思わんだろう、きっと。 
 
後悔する程、時間が惜しい程、
今を血反吐はく程の勢いで生きて居ないモンよ。
 
だから、そ、おしまい。てね。
 
 
 
 
でも、気掛かりと言えば、自分を悪く思わない人等が、
自分の消えた事で悲しむ事。
自分の良く思う人等が、その気持ち故に悲しむなんてなぁ、
残念な事極まりなし。
 
だから。
消えちまった人はもう現れないんだから。
せめてその人の事を思うなら。
悲しまない事。
 
難しくても、それが一番なんだと思うのだよ。
 
 
 
宗教者じゃないから、安らかに眠れ、なんて思わんね。
ただ、早く土に帰れれば、きっとホッと出来るんではないかい。
 
遅かれ早かれ。されど時間の重たさよ。


 

2007年09月10日

拝啓、曇り空。

朝、早めに目覚め、そとの気配を探るも雲、だったなら。
やる気は出んな。出るか寝るかの天秤がフワフワしてまう。 
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しかし、コレが日曜だというのなら話はまた別。
休みの日だからなんて戯言は、五飛び休みには関係無い。 
日曜には、一週間の食生活を左右し、支える、朝市が有るから。
 
雨では行けんが、曇りなら行けますし。 
 
 
 
自転車で走るに適した道は田舎道が多く、
盆地である京都で言えば、即ち山の方。
 
そんな山手を流していると目に付く、流通をすっ飛ばした農産物直売。
人気の所など、朝早くから車の群れで、蜜に群がる甲虫みたい。
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米、野菜・卵等の農産物だけでは無く、
赤飯・餅などの加工物に、鮎の塩焼きなんか、
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を焼いている横では魚の切り身も売っている、海の魚。 
   
遠くから運んで来た農産物も有り、コレはもうチョットでスーパーになる。
そう、此処の市場は地元の人の為にあるマーケットで、
家の近所にフレスコがある人間の為では、あんまりないんでしょう。 
 
 
 
市場は、こんな風にして人を集め、その人数が多くなればスーパーになり、
もっと多くなればデパートになり、もっと多くなればそれが国になる。 
 
ならば、もっと小さい、家の軒先で売っている、という家庭よりも、
もう一歩表に出た程度の市場に興味が出るのは当然の事。
 
 
 
朝市といっても、ペダルを少しく回してやれば、
また別の生活圏に入り、そしてまた別の朝市も有るから、
もっとチッコイ朝市へ。 
 
白いテントの下に長机を並べ、
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ただ売るべし。
 
一括り百円というのも、対価として相当だというよりは、
とりあえずキリの良い所、という市場のディフォルメみたいなもんで。
 
野菜等などをありがとうございます言いながら買い集めて、
食卓を想像する。
 
 
 
幸せな事でありますよ。
しかもそうこうしている内に、曇天も移り、
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晴れたなら、そらエエ気分です。 
 
  
 
大きい道走って、立体駐車場入れて買い物するよりも、
湿った山道走って、道端に自転車放ってする買い物の方がオモロイ。
それだけの事ですけどね。 

2007年09月08日

スナッキー。

御無沙汰しております、銀輪です。
久し振りですので、字ばかり沢山書かせて頂きます。
読むのが邪魔臭い方は数日前の「イクヲ日記」を御覧下さい。 
 
 
 
 
自転車業界の事を此方では「輪界」という言い方をするのですが、
臨界の秋は多忙です。
 
ご存知かもしれませんが、秋とは我が輪界にとって、
新シーズン、つまり2008年のNewモデルの始まりを意味し、 
その第一歩として「展示会」というものが御座います。
 
9、10月辺りなんてのは大体何処の自転車屋さんも,
毎週の様に展示会に駆り出され「お休み~は~ナシよ!」と、
切ない現実を突付けられる時期でもあり、
多少痩せてしまう、ダイエットに適した季節であると言えるですが、
輪界の上島竜兵を自称する銀輪には関係有りません。 
 
そんな忙しない時期ではありますが、自転車屋なんてのは多かれ少なかれ、
「自転車が好きだから」って気持ちが無ければ出来ない人間で、
新しい何かを見るってのは、やはり「楽しいモノ」でも有るからこそ、
この時期をバシャバシャ元気に泳ぎきれるのでしょう。
 
 
 
 
そんな08モデルを見始め、ワクワクする気持ちと同時に、
少し残念に感じる瞬間が有るというのは、否定したてくても出来ない、
実際の気持ちであるのです。 
 
新しいモデル達はどれも、新しい考え方や新しい技術を見せ、
「そうか!そうなったか!」とか「それは有りなんかいな?」 とか、
正月の様に気持ちをサラっと流してくれます。
「俺のスカルペルが・・・型落ちしたやんけ!せやけど新型なんてアカンのん違う?
 旧型の方がきっと良いで!けど・・・チョット見せてもろてよろしやろか?」
なんて一喜一憂も込みで楽しい。
 
しかし、それらを見ていて何となく感じるのは、
「スナッキーである」という事。
  
見た瞬間歯応えは良く、どんどん噛みたい気分になるけれど、
何処まで行ってもそれでは満足出来ない様な、
もっと言えば意図的に陳腐化を計っている様な、
賢いシステマチックさに対する気持ちが、杞憂であれば良いのに、
って思うのだけれど、でもそれでもなんでもウ~ン・・・。 
 
 
 
 
いつの時代も、最先端の自転車と言うモノは、
乗ってみたその瞬間、血流が止まる程の高揚を覚え、
「な、なんじゃコリャ!?」と、その移動手段としてのあまりの充足度に、
逆らえない魅力を感じずには居られない。
 
が、反面、とても不安になる。
この自転車は素晴らしい、が、この素晴らしさに慣れた時、
今の自転車を自分は如何感じるのだろうか?って。
 
あれほど魅力を感じ、充足した時間を過ごして来たあの一台が、
その魅力を否定されてしまうなんて。
不条理な自己の位置と現実の移動に戸惑ってしまう。 
 
 
 
 
コレは恐怖以外何物でも無い。
勿論、その新しい魅力が、嘗ての自分を否定するに値するほどの魅力であったり、
今までの魅力を強化するモノであれば、その限りでは無いのだが、
今、目の前に並べられた多くのスナッキーな魅力は、
触りたい衝動に掛かられるが、その魅力はあまりにケミカルな感じの魅力で、
一緒にやって行けそうな暖かい魅力では無く、刹那的な、
今現在第一主義な、今の自分は必ず覆される事を納得した魅力でもある。 
  
余計な事を考えず、感じて乗る人には、時間の経過とは素晴らしいモノなのだろう。
反面、自分の様に、ジッと見てしまう、自転車を道具と思い込めない、
自己の視点を重視する野郎にとって、その経過は時に残酷で、
光り輝く其れ等の事を、穿った目で見ずには居られないのである。 
  
 
 
 
私なんてのは、自転車を商う事を生業とし、
それで日々生活させて頂くという、非常に有り難い状況に身を置いております。
 
それ故、ユーザーに自転車を渡す時に、
やはりその自転車を買った事でユーザーが幸せになってくれるように、
もっと言えば、ユーザーがその自転車を好きだと思ってくれる様にと、
思わざるを得ん訳ですね。
  
そんな中、自転車がスナッキーで、腹に満足感を得れず、
飽きてしまう可能性を必要以上に大きく孕んだモノだと、自分が感じたとすれば、
そんな賞味期限の(未定なれど)限られた商品を、
「コレがアナタの自転車です」と、
その人の自転車アイデンテティーの根幹に成り得る(少なくとも此方はさしたい)
一台を渡せるだろうか?
 
それが今後、「最高」の事では無かったと判断されるかもしれない。
しかし、そんな後の事は今は分かるかい!と、
全力で信じて作られたモノが愛しい。
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あるオッサンが言う訳ですよ、「オマエは自転車を擬人化し過ぎや」と。
そうかも知れんね。勝手な価値観だけでモノを見てしまうのはマズイかも。 
 
自分は、お客様・メーカー様・代理店様の為される事を、
「駄目だ」と否定は出来ません。
ただ、全ての事を肯定も出来ません。
 
日々の仕事にさえミスが有る体たらくでは、何も言う権利は無いのかもしれない。
が。 
だからこそ、皆様とその具合探りあいながら、
良い結果を産む、
自転車屋で有る前に、商売人で有る前に、自転車好きで有る前に、
ただの中途半端なオッサンモドキで居たいと思いますし、
居れる限り、ここにしがみ付かせて頂きます。
  
 
 
 
以上。