曇天夢中。
休みに、岡山と鳥取の丁度中間に位置する、山の渦の中 津山へ。
小京都 津山市内から加茂川と単線の線路に沿って、北上。
静かな山村風景の中を抜けていき、何処にでもある様な田舎の交差点を左に。
道は狭くなり、旧くからある住宅や商店の間を通り、山に抱かれる村落へ。
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美しい風景が目を占領する。
こんな所で生まれ育った人生とはどんなモノなのだろうかと、
座り込んで考え、そして見蕩れる。
此処は何処か。津山市加茂町行重。
70年前に横溝正史の八墓村でお馴染み、津山三十人殺し事件が起こった所。
猟奇殺人好きでも、変態でもない積もりなんですけどね、
昭和初期に吹き荒れた激情の現場を訪れたら、理解しえない現代に住む自分も、
何かその理由というか、思いの一端に触れられるのではないかと、思いまして。
集落内の寺に参った後、その集落をサッと一周。
田んぼと山に挟まれ、家が数軒並ぶ。とても幸せそうな風景。
過去の事件はすべて風化し、そして罪もまた風化し、
人住む事無くなり、自然に還るのを待つ家は、
その事件を見たのだとしても、忘れてしまっている様で、
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隙間から、今の住人親子が平和な顔を覗かす。
時間にしてホンの数分、コレが本日の目的。
目的を達成した後は、胸に去来する余韻を楽しみながら、
この場所と、今住む家との距離を体に実感させるべく、ひた走る。
単線の線路と並走し、鳥取方面へ向かい北進。
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線路は一本、駅は無人、ダイアは四時間に一本の一日五本。
鳥取方面への始発は昼の12時10分。
道沿いには人の営みの跡が残るモノの、
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跡は跡であり、使われる事の無くなった橋も自然に還ろうと活動熱心。
次第に厚くなる雲を視界に置き、
次から次へと峠を越える、雲に近付き霧に突入する、濡れる、海へ近付く。
見晴らしの良い峠の上からは、グラビアアイドルの胸元の様に並ぶ山と、
同じ様に存在する谷間と、少しの、ホンの少しの屋根が見え、
住人の暮らしの健やかなる事を願い、心配し、羨んだり。
深い山間にも、宿場町として栄えた歴史を持つ街は多く、
大きな廃墟から小さな廃墟まで、人の影は何処にも見える。
けど、それを想像するには中々の想像力を必要とし、
数十年後には、今の自分の生活を想像するのが難しい、
そんな事を言われる事もあるのかな?と、
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このモーテルと、賑わう客団を重ね合わせるアンバランスに悩む。
中国地方の山は深い。
故にこういった宿は必須であり、それを一日で抜けようという現代の自分とは、
何とおこがましい事かと、やや凹む。
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こんな岩屋不動を見れて嬉しい反面、
見世物小屋を見てしまった様な申し訳無い気持ちを引き摺りつつ、
見飽きるほど視界を流れて行く廃墟・廃屋に感覚は弛緩し、
本格的に降り出した雨に指も弛緩した事なので、
代わりに「寒い」という感覚を据えてみる。
こうなればもう無心で走るのみ。
少しずつ見た記憶のある風景が混じり始め、
テリトリーの近い事を感じ、少しホッとする。
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何度か来た事のある朝来の鉱山跡で雨宿りをしながら、
帰る事と行く事の差を、無意味に考え込んでみながら、
雨よ上がれと、オマケ程度に祈ってみる。
本気で祈ってさえ天候に変化が有る訳もないのだから、
オマケ程度では上がる訳も無く、
諦め暮れ始めた雨の路の記憶が、進む毎に鮮明になるのを惜しんで走る。
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と、こんな500km少々の休日、モーターサイクルやけどね。
人から「自転車好きですね~」とか、「いつから好きなんですか?」
等と話ふられると、俯いてしまいます。
自分が自転車好きか、未だ判別しとらんのですよ。
しかし、単車は好きです。
嘗て単車屋やった頃は、やっぱりよく分からなかったけど、
今、地味なバイクを、年何回という低いレベルで運用し、
やれ保険、やれバッテリー、やれオイルと、
全く割りに合わない出費をしながら、こうして乗ると、
無責任に「好きや」と言ってしまえる気がする。
言い換えるとそれ位距離が出来た、単車との間に。
今、自転車が好きか如何か、答えられない。
好きとか嫌いとか言える程の距離が無い、
近過ぎて焦点合わない感じ。
だから今「好き」って言うと嘘が混じる気がする。
時間が経って、距離が出たら「好き」やと思うかもしれんし、
反対に「嫌いや」と思うかもしれない。
打ち捨てられた廃屋や、起こってしまった如何し様も無い事は、
そんな答え合わせの持つ、取り返しのつかない後悔を感じ、
自分を俯瞰する感じがするので、人は惹かれるのかもしれませんな。